瀞峡-2
瀞ホテルの玄関
いかだ流しで材木を運んでいた頃に筏師たちの定宿となっていた「招仙閣」の看板が今も掲げてある。
アルバム: 風景006
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コメント (5)
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懐かしいです。この玄関、もう三十年ほども前ですが新車を買った記念に奈良から高野山、龍神スカイラインをドライブしてこの宿に宿泊しました。水害がこの高さまで及んでいるとは全く思いませんでした。女将さんが急な階段を上って一番眺めのいい部屋に案内してくれたように思います。復旧に頑張っておられるんですね。
のらさん、upして下さってありがとうございます。2013年12月24日 08:53 セブン (1)
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筏師たちの定宿 この辺りには宿はここだけなのですか?
丸太を組み、水と格闘する筏師にとってこの宿は天国だったでしょうね。2013年12月25日 17:03 宙そら (32)
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今、普段使わないFirefoxから書いてるので、
コメントが途中でupされてしまって乱れていてすみません。2013年12月25日 17:08 宙そら (32)
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セブンさん
高野龍神スカイラインを経て熊野本宮から瀞八丁までのコースは大変だったでしょう。
奈良を起点にしただけでも片道300キロくらいはあると思いますし、細い曲がりくねった山道も多く分岐点も分かりづらかったでしょうね。
今でもかなり不便なところですが、30年も前のことなら尚更です。
現在のカフェは若いご夫婦がきりもりされていました。
多分セブンさんを案内された女将が第一線を退かれた後を継いでおられるようですよ。2013年12月26日 02:21 norak のら (8)
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puさん
瀞八丁には昔は宿が数軒あったらしいですが、今は一軒も残っていないのです。
残った瀞ホテルは戦前戦後唯一観光客を受け入れるホテルでしたが今はカフェのみの営業になっています。
ですからこの辺りでは旅行者が宿泊できるところはひとつもないのですね。
北山川の筏流しはかつてこの地方の主な産業が林業だったころに隆盛を極めたものですが、上流のダムの建設による水量不足と林業の衰退に伴ってなくなってしまいました。
近年「観光筏下り」という観光資源で復活していて、ずっと上流の北山村で短い区間を楽しむことができます。
http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/photomuseum/180.html2013年12月26日 02:21 norak のら (8)
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