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【15】訓練列車今昔。

写真: 【15】訓練列車今昔。

写真: 【14】納涼ユーロブルー。 写真: 【16】関西本線に異彩の珍客現る。

今や機関車が客車を牽くスタイルの列車はほとんど風前の灯で、それらが動くだけで好事家が大挙して押し寄せ各撮影地は立錐の余地もないほどになっているそうです。
「米原訓練」と「網干訓練」も同様に、宮原総合運転所から各地へEF65PF型やDD51が乗務員習熟のためにお客の乗らない12系客車を牽くだけですごい人気です。
昨年末、網干訓練を撮影するべく沿線に出ましたが通過2時間前から撮影地は満員御礼、当初目論んでいた通りの撮影はかないませんでした。

しかしふた昔前まではこれら訓練列車はあまり顧みられせんでした。
ジョイフルトレインや専用機関車が数多くいたこの頃は今でいう「ネタ鉄」はより希少な車両に群がり、ノーマル14系客車にヘッドマークの取り付けもないDD51の組み合わせ、しかもジョイフルトレインとは異なり鉄道雑誌に時刻すら掲載されない「訓練列車」は地味に映りがちでした。
撮影地は東海道本線塚本駅。宮原のクラから東に向いて出てくる各種列車がお手軽に撮影できるポイントとして昔から有名でした。
夏のある日、甲子園臨を期待して朝から色々な列車を撮影して、大体お昼前後までが順光でしたが、自分自身も撮影前にこの日米原訓練があることは知っていたわけではないと思います。
本線に合流して大きくうなりを上げるDD51とは対照的に客車には発電用エンジンが掛かっておらず静かに引っ張られてゆく異様な姿を目にして初めて、「あぁ訓練列車だったんだ」と思ったはずです。
牽引機がEF58 150とか特殊な機関車ならきっと沸いていたんだろうな…などとは思いますが、わざわざ訓練列車にそういうスペシャル機は用意しないですよね、多分。
撮影初心者だった自分でも塚本駅のこんな一等地をやすやすと確保して撮影出来るくらいだから「米原訓練」の当時の注目度が伺い知れます。
後ろにちょっぴり写りこんでいる201系も今となってはご愛嬌!?
牽引機のDD51 1183は今も宮原に所属し動くだけでも大人気者になっています。
同区の14系は臨時夜行快速「ムーンライト」シリーズが全廃となった2009年以降廃車となり、一部は24系寝台車などとともにタイ国鉄に譲渡されました。今頃異国の地でどのように過ごしているのでしょうか。

当時の使用機はミノルタα-707si。
1993年、全自動xiシリーズで失敗したミノルタがシンプル&インテリジェンスをコンセプトに窮地を挽回すべくリリースした中級機です。
そのコンセプトはまぁまぁ受け入れられたのか、エントリー機にα-303si、α-507siそして後継機α-807siが続きました。その流れは至高のフラッグシップモデルα-9や名機α-7に受け継がれました。
貧乏学生だったので当然ながら中古機を購入です。
老朽化し絞りユニットが不動となったα-7000の代わりに購入した707siでしたが、約10年のカメラの進化の恩恵に大いにあずかり倍率の高くて見やすいファインダー、半段ステップ調速のシャッターなど満足に使用出来、以後銀塩撮影の最後まで長く相棒を務めてくれました。
特に1/750“ナナハン”のシャッター速度が気に入り、Sモードで使うのが定番になっていました。
DATA:ASA400,1/750,F=6.7

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